飛燕草





『・・・キス、したい』


あれからまた麦茶で乾杯してケーキを食べて。
ことに及ぶよりも先にお風呂に入るのは初めてだったけれどお風呂にも入って。
戻ってきたらベッドがあった部屋に布団が敷かれていた。
・・・テーブルがないんだから、ベッドだって向こうにあるんだろうな、なんてその『向こう』がどこにあるかも知らないけれどそんなことを思った。

広く感じる部屋を見渡して、そう遠くはない過去の記憶を呼ぶ。

テーブルに齧りついてレポートを書き上げているのを見たことがあった。
どんな学部も最初のうちは教養科目だけなのだろうと思っていたけれど、英語で綴られた医学専門書とパソコンの画面に踊る英単語を見て自分も英語は苦手なものではなかったが大変なんだなあと改めて感じたのを思い出した。
重なり合ったベッドだって思い出はそれだけではなかった。
一度だけ、部屋に入るなりめまいを覚えてふらついて、景色がフワーッと白くなって、ああ、きたんだ、ちょっと早かったなあなんて呑気に思いながらしゃがもうとしたらいつだったか友人が言ったように横抱きにされて「・・・トイレか、横になるか、」なんて見たことないくらい真剣な顔で覗き込んできてトイレに連れて行ってもらった後、また担ぎ上げようとするのを制して手を引いて連れられたベッドで休ませてくれたことがあった。
目を塞いでくれた温かな手を離したくなくて、それを許してくれて。
だからプルーンを食えと言っただろう、とちょっと恥ずかしかった過去の話を蒸し返されて思わず拗ねたら笑われて。
そんなこともあった。

彼と重ねたのは身体だけではなかったのだと、今更にそうぼんやりと思っていたら、彼が風呂場から戻ってきた。

「風呂あがったらなんか飲まないと、」

再びの麦茶に口をつけてから、ふ、と笑えば、

「・・・なに」

「いや、今日で成人だし、そんなことお構いなしにビールとか飲んでそうなのにね、」

「酒は金持ちの贅沢だろ、庶民は水出し麦茶で十分です」

そうだね、と手元に視線を落とすとコップを取り上げられて、手を取られた。
引かれる手のままに立ち上がる。
片方の手が腰を抱き、ぐっと引き寄せられて驚きに視線を上げた。
至近距離で見上げる彼の目は15cm弱、上にあって、こんな時だけど大きくなったなあなんて思う。

「・・・なに考えた?」

「大きくなったなぁって・・・」

「・・・どこが、」

「・・・ちょっと、」


綺麗な指が、頤にかかった。








「・・・キス、したい」

コップを受け取った指が綺麗だった。
なんの装飾もしていない指だったけれど、あんな風にちゃんと炊事もする指だったけれど、綺麗な指先だった。
コップの上で少し重なった自分の指だって苦労を知らないツルっとしたものだけど、やはり彼女は綺麗だ。
手許に視線を落として伏せた瞼が、そこを縁取る長い睫が、綺麗だった。
普段から塗っても盛ってもいなかったけれど、忙しなく動く時も眠そうにゆるりと動くときも、綺麗だった。
抱き寄せて、上げられた視線を捉える。
光も当てられていないのに煌めくのは水気故か、
内面の輝きに因るものか。

その瞳に映る自分は、どんなだろう。

問いに返ったのはなんとも的が外れていて彼女らしくて、

からかいに、そして、本当の気持ちを、溶いた。


好きな人とじゃなくてはしてはいけないこと。
好きな人とじゃなくてもできてしまうこと。


歳だけは成年を迎えたけれど、未熟なことに変わりのない自分。
そして、もっとずっと幼かった頃の、自分。


今日で最後と決めたから、
今日が最初で最後だから。


『・・・いいよ』


ひとつ、触れるように唇を塞いで、
それから、
彼女のすべてを貪った。

彼女を模るように指で触れ隙間なくその肌を唇で撫でる。
押し進める自分と受け入れる彼女の間にいつも温度差があるように思っていた。
けれど息を切らす自分と息を殺す彼女の想いの差異が苦しくて、切なくて、酷くする自分を
何故か彼女も、恐怖や諦めではなく、自分と同じような目で、苦しげに、切なげに見つめていた。
だからいつも、それが幻想だと分かっているつもりだったけれど、
果てる瞬間、彼女の耳元で息を漏らさずにその言葉を容にした。

『好きだ』

伝わることはないと、
伝えてはならないと、
思いながら。


押し開いてから彼女の瞳を覗き込んでみると、
キスを強請られたような気がした。
汗で額に貼り付いた髪を除けて、その指で唇に触れる。
緩慢に瞬きした後、眉が微かに寄せられて、彼女の指が今度は自分の唇に触れた。
その指が髪に差し込まれ、くっと引き寄せられる。

「・・・、キス、」

動くたびに小さく息が漏れるその唇がその音を成した先、
彼女の呼吸すら総て飲み込んで、揺さ振って。

その果てに、
最後まで瞳を隠さなかった彼女を見つめて、
初めて、

「好きだ」

と、声にした。
その言葉を聞き届けて彼女は一度瞬いて。

「好き、」

そう言って、眦からひと筋、涙を零した。













風呂に行くかと聞いたら、泊まっていいなら明日にする、面倒くさいと答えた。
面倒なのかと聞いたら、結構しんどいんだよ、と笑う。
なら、明日の朝は一緒に入ってやるかと聞いたら、開いた口を一回閉じて、
一緒に入らないって言ったの、そっちでしょと言う。
そんな記憶がないものだから、バカって言って平手打ちしただろうと返せば、
ずっと一緒に入ってたのにバカって言って入らなくなったじゃない、小5の夏、と言われて思い出した。
確かに覚えがある。人生初の性教育の後だったような。
つるんぺたんでつるんつるんではあったけれど、拙い気がすると思って、別にしたような。
言われてみれば、そんなぐらいからだったかもしれない。
同じようだけれど同じじゃない彼女に、なんとなく一言で言い表し難い想いを抱くようになったのも。
愛とか情とか欲とか、そういう抽象的で具体的な、そこまでのモノじゃなかったけれど。
その頃からだったかもしれない。
真横に並んでいた彼女が少しずつ歩幅も変わって、少しずつ隣じゃなくて後ろを歩くようになったのも。

今度はちゃんといい男を見つけろよ、と言ったら、数瞬黙ってしまった。
いい男じゃなかったのと問い返されて、返事に詰まってしまう。
反省しているところがあったら教えて、と聞かれてそんなの全部だと言いかけたら、
酷いコトされたと思ったけど、君しか知らないから君が正解なんだと思ってるけど、
最初の夜だって蹴っ飛ばして突き飛ばしたら逃げ出せたもの、
痛かったのだってこっちの都合で、きっと凄く優しかったんだろうなって、たぶん、あの頃から分かってたもの、と言う。
驚いて、泣きそうになって、けれど口を突くのは憎まれ口。
予習が良く効いたんだなと言ったら、またそういうことをと口を尖らせた。

胸元に鈍く光るいつかの天使。
唇を寄せるとゆるく頭を抱き寄せられた。
歌を聴きたいと呟いたら、うーん、と言って。

生まれてきたことをたたえる歌を、
綺麗な綺麗な、
優しい声で、
この躰に、注ぎいれてくれた。












瞼に当たる陽の光にカーテンも外したのかななんて思いながら目を開けたら、
目の前に彼の顔があって驚いた。

「おはよう、」

「・・・お、おはようございます」

驚いた後にかっこいいなあやっぱりなんてぼんやり考えていたらなんでか耳を赤くした彼が
風呂に入れ風呂に、と言って起き上がって、余所を見ながら起き上がらせてくれた。
臭いのかなぁ、違うなあ、照れたのかなぁ、ってなにに照れるかな、でも可愛いなぁ、
と逡巡しながらシャワーを浴びる。
そして、今まで気づかなかった事にも目が向いた。
母親たちのお纏め買いから逃れて愛用していたシャンプーとコンディショナーが置いてあって、月に一度か二度しか訪れない自分のために用意してくれていたのだろうかと、自分が使ってるものなんてそんなこと、いつから知っていたんだろうかと、変なところにまで気がまわっていたらしい彼に感心しつつ、そして、感謝した。
そして、感傷に浸る。
好きだと言ってもらえた。
好きだと伝えられた。
けれど、今日で最後なんだと繰り返し、繰り返し諭されている。
どんなに駄々を捏ねても、受け入れてくれないのだろうなら、
潔く聞き入れるほかないのだろう。
ただの恋人だったらこれでおしまいで、二度と会わずに終わってしまうけれど、
幸いにして、どう足掻いても幼馴染という幾重にも塗り重ねてきた自分達の関係性が剥ぎ落されることは無い。
この先、私がいい男と出逢ったとしても、
この先、彼がいい女と出逢ったとしても、
違う場所で、新しい家族を築いていったとしても、
幼馴染であることは、変えることができないのだから。

髪を8割方乾かして洗面所を出ると、コンビニ袋を提げた彼が部屋に入ってきたところだった。

「ケイジャンチキンサンド、売れ残ってたよ。朝から食えるヤツって居ないってことだな」

なんて笑う。自分だって食べられるくせに、と思いつつも大好物だからありがたい話。

「夜明けのコーヒーって聞くじゃない?」

「朝は牛乳しか飲まないって豪語するくせに、ほら、」

差し出されたのはコーヒー味の牛乳。本当に、よく分かってる。

「そう言えば家にはなんて言ってきたの」

床に座り込んで、二度目の食事。コンビニの味もなかなかと思っていたらの言葉。

「・・・あんな日にケーキ焼いてたらあからさまじゃない、でもお母さんに、普通に明日帰ってくるって、」

「そうか、・・・おじさんは、」

「・・・私は言ってないよ、」

「そうか」

そしてまた、サンドを頬張る。牛乳を啜る。
こうして時間は過ぎて、期限は迫る。
楽しいと思う時間は、さらさらと頭の上を滑るようにして。






「食べ終わったら、帰るね、」

「・・・タクシー、」

「明るいからいいでしょ?今日は夏物最終セールに行くって決めてたの」

「セール?」

「そう、明日から1週間企業研修なんだ、幼児教育だけど、そういうのも課程にあるの」

「そうか」

「うん」

よく噛んで、よく飲んで。
行儀よく後片付けをしたら立ち上がって歯を磨いた。

朝の光に負けない潔さで、飛び立とうとする姿は眩しいばかり。
行くな、
そう引き留めようとして、でも手を離すと先に、勝手に決めたのは自分。
すべてを飲み込んでくれた君を、解き放つときが来たのだから。


「駅まで、送る」

「うん、お願いするね、」


扉を閉じて、鍵を掛ける。
振り返った先にはゆっくりと階段を下りていく彼女の姿があった。
距離を詰めずに追いかける。

と、メールボックスに一通の封書を差し込むのが見えた。
なんだろう、と考えるより先に彼女が戻ってきて、左の手を取った。

久しぶりに、手を繋いだ。
久しぶりに、並んで歩いた。

背の高さがこれだけ違えば、見える景色もきっと違うだろう。
だから、この先を歩む道は、違えるのが必然で。
だから、今なんだ。


「ここでいいよ、ありがとう」

「いや、こっちこそ、ありがとう」

「・・・からだ、気を付けて」

「そっちも、気を付けて」

「元気でね、」

「元気でな、」

「・・・」

「・・・好きだ、」

「・・・ずるいなぁ、もう。じゃあ、またね、」

手を振る彼女に、手を上げて返す。
地下鉄のホームに続く階段を下りて、曲がる。その姿が消えるまで。




並んで歩いた道を、ひとり、引き返して、メールボックスを覗く。
ポストカードサイズの封書の中身は、毎年お決まりのカードだった。


色鉛筆で描かれた、彼女の見る、僕の姿。
裏に書かれた綺麗な文字は、きのうの日付と、誕生日おめでとう、の言葉。
それと、

ありがとう

その、ひとことだった。













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baby pink






「・・・おじゃまします」

「おう、」


絶賛どうしよう、どうしてなまま、昨夜は夕食後のキッチンを占領して無心で卵を泡立て、粉を篩った。
オーブンの前から離れない様子を訳知り顔で見ていった弟も、
恐らく寄り目でクリームを撫でつける様子を何も言わずに見ていた父も、
箱に収めて冷蔵庫にそっと仕舞い込んだ様子を溜息ひとつ吐いて見ていた母も、
朝食の卓でそれを話題にすることは無かった。
なんのために、そんなことをしているのかなんて、分かりすぎるほど分かっていただろうに。

だから、食器を片付けながら母には言った。
あした、帰ってくるね、と。








ひと月ぶりに訪れた彼の部屋はなんだかがらんどうでちょっと驚いた。

「・・・引っ越し、するの?」

「まあな」

それだけ言うと左手に持っていたスーパーのビニール袋と斜めに肩掛けた『明日の分の着替え』が入ったバッグを持って行ってしまった。

「あ、ありがとう」

「・・・こんな荷物あんだったら連絡しろよ、迎えにぐらい行ったのに」

「・・・駅出たところまでは平気だったんだもん」

駅前のスーパーであれやこれやと求めているうちにまずまずな重量になってしまった荷物。
連絡を、なんて正直思いつかなかったから、急な優しさに驚いて嬉しくて玄関で棒立ちになった。

「とりあえず、上がって」

うん、おじゃまします、ともう一度訪いの挨拶をしてから部屋に上がった。


2DKだか1LDKだか良く分からなかったけれどそんな間取りの部屋はこんなに広かったんだろうかと思うほどに何もなかった。
キッチンを覗いて小振りの鍋がひとつ見えたことに安堵しつつ、更に冷蔵庫が備付だったことにも感謝しつつ何もない部屋の、壁に背を当てて座った。

「・・・飯は外でと思ってたけど、」

「作ろうと思ってたんだよね、お鍋がひとつでもあってよかった」

「そか」

「うん」

先ほど冷蔵庫を開けたついでにだろう、出してもらった冷えた麦茶がアクリルのコップをじとりと濡らして水滴を落とした。

「・・・チキンってまだ、好き?」

「うん」

「・・・わかめスープ、」

「食べるよ、普通に」

「じゃあ、」

「はは、なんでも食うよ、お前に負けじと食い意地張ってるから、」

「!好き嫌いが無いだけよ、」

小さく笑い声を上げる、その声が何もない部屋の中であちこちの壁にぶつかって耳に戻ってくる。

「・・・今度はどこに住むの?」

「うーん、」

「なに?」

「学校も休むからさ、」

「・・・留学?」

「そんなとこ」

聞いてないよそんなこと、と言おうとしてやめた。
聞いていたからと言って何が変わるわけでもなかっただろうし、
聞いて、何を言いたかったかなんて、そんなこと。
言える筈もないし。


残りの麦茶を一息に飲み干して。

「ごはん、作る」

「おお、」

言いたかった言葉を一緒に飲み込んだ。











月末で部屋を出る契約になっていた。
それは、ここに住み始めた時から決まっていたこと。

だから、最初で最後の約束を強請った。


この国に住まう以上遅かれ早かれ義務を全うしなければならなかったから、20歳になったらすぐ、というのはそれこそ高校を卒業する前から家族の間では話し合って決めていたことで。
いざその時が近づくと両親も弟も折角医学部に入ったのにとか、なんだのかんだの言ったがそれこそキャリアを積む前に片付けておく方が利口なんだと繰り返して今日に到る。
そして、今日の約束も母親達には話してあった。
彼女の母親は、いつかお父さんにもちゃんと話してね、と言って、はい、とは返したもののその機会はきっと永遠に巡っては来ない。
微妙な顔をした母は多分、全部分かっているんだろう。

所詮騎士は、
王子様になって
御姫様を迎えに行くことなんて
出来はしないって。








使える調理器具は売らないで家に持ってきなさいと言った母に従って残してあったインスタントラーメンを作る以外に殆ど使ったことのない中途半端な大きさの鍋と、文明の利器な電子レンジすらないこの部屋で冷凍チャーハンを温めるだけにしか使わないフライパンが同時にコンロに並んでいる光景を胡坐をかいた膝の上に置いた腕に頬杖を突きながら眺めた。
化学も得意だった彼女のことだ、恐らくすべての作業が彼女の描いたプロトコルに則って進んでいるんだろう。
ひとつに縛った長い髪が動くたびに揺れる。
立ち上がってその背を後ろから包んでみたい、なんて衝動に駆られたが何をそんな、甘やかなことを、と嗤う。

・・・でも、最後ぐらい、一度ぐらい、許されるだろうか。

ゆっくりと立ち上がり、キッチン台に近付く。
あと一歩。

のところで、気配に気づいたらしい彼女が振り返った。


「・・・わ、びっくりした、どうしたの?味見?」

「や、なんか手伝おうかって」

「わー、お母さんその言葉聞いたら泣くわよ、きっと」


変なところで察しの良い鈍感な彼女が笑う。
こちらとて苦笑しかないところに、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まされたチキンが箸に突き刺さって差し出された。

「はい、どうぞ」

「・・・こういうのは毒見っていうんだ」

「そ?あー、食器は残ってるの?」

「ある」

憎まれ口などものともせず作業を弛むことなく進める姿に、内向的でありながらも決して気弱ではなかった幼い頃からの彼女の気質に触れ懐かしささえ覚える。

何を違えてこうなったかなんて、分かり切っていることを。


色も形も揃わない皿や鉢に、出来立ての彼女の手料理が盛られた。







「20歳のお誕生日、おめでとう」

「ありがと」

再びの麦茶にコップを鳴らして彼の幸いを願う。
テーブルも新居に運んだのだろうか、無いものだから床に置いた皿から海苔巻を摘み上げ、差し出す。

「料理できたとは知らなかったな」

「ウチのお母さんは厳しいよ?弟だって、あの子だって騒ぎながらチキンぐらい揚げるもの」

「ウチはからっきしだな、あの鍋だってラーメン用だし、フライパンだってチャーハンあたため用」

「坊ちゃまだね~」

「・・・なんとでも。ケーキも作れたの、」

「あれ?バレた?」

「冷蔵庫入れたの、俺だろ」

「そういえばそうだったね」

隠していたわけでもなかったが、言われたままに取り出してきた。
どうしよう、と、どうして、に塗れたままのケーキだったけれど、祝う気持ちに偽りはないから。

「美味しいよ、あとで食べようね」

「これも、美味いよ、ありがとう」

「お。お褒めの言葉、こちらこそありがとうございます」

今までに無いくらいの楽しい時間。
楽しい、が、頭の上の方で上滑りするぐらいに、さらさらと流れていく。
どうしようとどうしての、答えが分かった気がする。

きっと彼は、決めてしまったんだろう。

最初で、最後の夜を、越える。

そう、決めてしまったのだろう。







こんばんは*0720



毎度お越しを頂きましてありがとうございます。
木曜の夜、皆様如何お過ごしでしょうか?


つーか、暑いのです。
茹だるような、ではなく、茹だってるわけです。
いくら人間にホメオスタシス能力があったとしても、無理。

と、屋内で働いているくせに文句を言う、軟弱ぶりです。
本当に屋外労働をされている方には感謝の念しかございません。

さて。
とぅーまが大変お世話になった女優さん三人が活躍するドラマが始まりましたね。
見たことはないのですが、三人で写真とったとか、萌え倒れる記事が上がったりしてハスハスします。
ですが、ワタクシの正義は進藤先生なので、更に言えば第二弾が素晴らしかったと思うので、病院の中に進藤先生や香坂先生を探して彷徨う日々です(笑)


これもさておき。
小話は終盤に差し掛かってきました。
脳内動画でもうしばらくお楽しみいただけると幸いです。

ということで、明日の予告を参ります。

小話更新です。
のこり、3つです。
どうやら今月中には終わりそうですね。や、すべてワタシの匙加減なんですが。

それでは。
またのお越しをお待ちしておりますm(_ _)m

そして、くれぐれも暑さ対策を万全に!
お茶もお酒も水分にはならないですよっ!
お水、アイソトニック飲料を!
ご自愛くださいね~





痺れる棘




部屋に痕跡を残す訳にはいかないから風呂には入らないと言い張る彼女に、
じゃあ散々互いの欲を撒き散らかしたベッドのシーツはどうするつもりだ、なんてことは言わなかったけれど、
下着を拾い上げるよりも早く彼女を風呂場に押し込んで、一緒に入るか裸で帰るか、と二択で迫ったら、
『バカ!』と叫ばれて、一瞬開いた扉から彼女の腕が伸びてきたと思ったらバシリと頬を叩かれた。
あまりの驚きに笑いが込み上げてきて、それに任せて笑っていたらシャワーの音が聞こえてきてひと安心した。
あからさまに『事後です』という気怠げな様子を数枚の布でどう包み隠せると思っているのか不思議で仕方がないが、鈍さと疎さに関しては誰にも引けを取らない彼女のことだから教えたところで理解もできないだろう。

「・・・あがりました、」

「・・・おう、」

湯上りの上気した頬、生乾きの長い髪。
いつだったかその味わい深さについて懇々と語ってくれたクラスメートを鼻で笑ったことがあったが、
今更ながらに深々と頭を下げて詫びたい気持ちになる。
このまますぐに外に出す訳にはいかないと、結局一緒に食事を摂り、
女性ドライバーを指定したタクシーに乗せて帰すという愚行に走った。
一緒の移動がどれほど此方の精神を安定させていたか、漸くに思い知った。

彼女と言えば、風呂には絶対に入らない、という彼女が勝手に決めていたらしい何かのラインを破ったことであれやこれやが吹っ切れたらしくそれ以降は食事を摂ることにも否やは無かったし、あれほどほぼ無言を互いに貫いていた数年が何だったかと思うほどに、とは言えそれでも交わす言葉は少なかったけれど、会話が成立するようになった。

例えば、離れて過ごすキャンパスでの出来事。

医学部の人って人気あるでしょうと聞かれて、周りもみんな医学生だからステータスにはならないと答えれば、確かにそうだと笑う。
とりあえず声を掛けられないわけがないだろうと問えば、ウチの学科も女子ばっかりだし一番前の席に座ってると先生ぐらいにしか声かけられないよと返ってきて、それはそうだと笑う。

例えば、顔を合わせずに過ぎていく毎朝のこと。

一限って寝坊して遅刻することないのと聞かれて、キャンパスまでダッシュ3分の距離で遅刻は無い自主休講だと答えれば、こんなお医者さん嫌だと笑う。
寧ろ寝坊はそっちだろうと問えば、ベッドの上から部屋のドアノブまで5個まであった目覚まし時計が最近は3個にまで減らせたんだと返ってきて、呆れつつもそれは頑張ってるなと笑う。

そして、いつまで経っても消化できない問い。

どうして抱くの、
どうして抱かれるの、

何を思っているの、
何処を見ているの、

ねえ。


教えて欲しい―――

















―――教えて欲しい



『来月の最後の土曜、着替えも持って、来て』

彼の母親からの定期便を届けて、一糸纏わぬ姿で彼と抱き合い嗄れる程にほどに声を上げ、宥めるように包まれた後、お風呂を借りて、ご飯を食べて、少しだけお喋りをして、毎度彼が呼ぶタクシーが訪いを告げるクラクションを二度鳴らしたのを聞いた後。
背に掛けられた声に少し驚いて振り返ったら、玄関のスポットライトに射されたせいで彼の表情はあんまりよく見えなかったけれど多分、緊張、みたいな色が混じっていたように思う。
そうしたら、馬鹿みたいに自分も少し緊張したようで、返事に一瞬詰まってしまった。
ダメか、と言った彼の声には嘲笑めいたものを感じて、慌てて返す。
だいじょぶ、と言った自分の声はたどたどしく固かったから、揶揄われるのかと思ったら、
ふ、と重い何かを吐き出すように息を吐いて、待ってる、と言いながらドアを開けてくれた。

来月の最終土曜。
乗り込んだタクシーの中で窓から差し込む微かな光の中、スケジュール帳を開いて確認すると、その日は彼の20回目の誕生日だった。
彼が一人暮らしを始めてこれまでの1年半。
彼の部屋を訪れたのは両手の指から零れる程の回数でしかなかったけれど、あの部屋で夜を明かしたことは一度もなかった。
それはもちろん彼の家族も、私の家族も彼の部屋に私が向かうのはただ彼の母親からの定期便を届けるため、それがただひとつの理由であるからで、近況を話しながら夕食を共に摂ることがあったとしても夜を明かす必要などあるわけがないと認識しているだろうから。
どれほど幼い頃にひとつの布団を分け合って伴寝をしていたからといって、
どれほど幼い頃に唇がくっついてしまいそうな距離で小さく可愛らしい秘密を分かち合っていたからといって、
今以て狭いベッドを共にし、隙間なく重なり合う理由にはならないのだから。

どうしよう、と、思う。
叶うのであればいつだってその傍にありたい人なのだ。
しかし、どうすればいいのか、分からない。
彼との秘め事以外に、秘することなど無い自分はこれまで外泊すら殆どしたことが無かった。
外泊と言ったってバイトで貯めたお金を持って未だに親友でいてくれる彼女と小旅行に出かけたとか、到って品行方正な理由。
どうしよう、が、無意識に音となって、今となってはすっかり顔馴染になったドライバーさんに『どうしたの?具合悪い?』と心配されるほどに震える音が耳に戻ってきた。


どうしよう、と思っていたのから、
どうして、という思いに変わったのは程なくして。

誕生日であることは伏せながら、こうなってから初めて約束を求めた彼の意図が分からない。
彼の誕生日は夏休みの最中にあったから登下校の道程でその日に祝いの言葉を告げることすらなかった数年。
毎年小さなカードと捨てられてしまったら淋しいからと必ず手にしてもらえるだろう消耗品をセットで彼の部屋の机の上に置いてきていた。一方的に、いや、勝手に彼の生まれた日を祝ってきたというのに。

どうしよう、どうやって時を過ごせばいいんだろう。
どうして、あんなことを言ったんだろう。
どうしようとかどうしてとか、ぐるぐると考えながら、しかし手は勝手に動いて今年も準備を整えてしまった小さなカード。
裏に小さく、おめでとう、と書いてから。
なぜか、ありがとう、も加えて書いた。






take me home




桜の春が過ぎ、
海の夏が往き、
月の秋が来た。


ひとつきに数度、彼女を抱く。
二度と近づかないことが最善の策のようにも思えたけれど無理な話だった。

一度知った甘い蜜を
忘れることができないなんて、
呆れた話でしかなかった。

彼女がどう感じ取ったとしても、
周りが自分達を見る目は明らかに変化しただろう。
自分とて意識したつもりは無かったが、
恋人然、とした態度に見られていたようだった。

その実、
物理的な距離が限りなくゼロに集約していったとしても、
互いの想いは二度と交わらない永遠の平行線を辿ることになっていただなんて。

そんなことを誰が思っただろうか。










大学卒業という『資格』が無ければ兎角生きて行き辛いこの国で、幸いにもお勉強が得意な学生が集まる高校だったが故にその流れに乗っかったような状態で資格取得の入り口に滑り込むことはそんなに難しくなかった。
なんと言っても親があまり期待もしていなかったのもあり、合格通知を見せた時には「入学金・・・」と祝いの言葉より金の工面を心配したなんていうのは笑い話になるだろうか。
こつこつと努力してきた彼女の心配など露ほどもしていなかったが、蓋を開けてみれば同じ大学に合格していたのだから、なんというか、そういうところは面白いものだと感心する。
とは言え、傍から見れば唐突とも思われそうな医学部を選んだ自分と、才能と特性から納得のいく彼女の選んだ幼児教育学科というのは市内に点在する無数のキャンパスの中でも一番に遠く離れた場所にあり、これで幼小中高と続けてきた登下校一緒という幼馴染としての習慣は終焉を迎えることになった。


意外な律義さを持っていたのか、
あるいは、
無いと思っていた貞操観念が実際にはあったのか、

過ぎた春の日に彼女の言ったただひとりであることを、

それだけは頑なに守り続けた。

否。

彼女を刹那であっても囲えたことで
ある意味の欲を満たすことができていただけなのかもしれないが。









大学に入学したら多くの人はこの世の春と謳って羽目を外すのだろうと思っていたけれど、意外にも真面目に粛々と学校へ通い、勉学に励む人もいるのだと知った。
ただがむしゃらに勉強をしていた彼がある日を境に明確な目標を持つようになったと気付いてはいたけれど、医師になろうと決めていたことには正直に言って驚いた。
驚いたけれど、合格を知った次の朝、背中に向けて口から出た言葉は本当になんの捻りもなく、
『おめでとう』で。
『第一声がおめでとう、ってお前だけだな、』と笑っていた。それから、
『おめでとう』と、振り返って言ってくれたことは忘れない。

晩秋から春先まで浮かれることなく今度はアルバイトに精を出した彼は幼い頃から住み慣れた街を離れ、キャンパス近くのアパートに部屋を借り、住まうようになった。


一緒の登下校の習慣は無くなってしまったけれど、月に数度の“息抜き”は、なくならなかった。
彼の母親に彼の好物を両手いっぱいに持たされて月に一度か二度、彼の部屋を訪れる。
私だけ、なんて浅ましい望みを口にしてしまったけれど、この部屋にはきっと綺麗で頭も良い素敵な女の子が上がったりしているんだろうな、と考えては寂しくなりながら冷蔵庫に彼の母親の愛情を詰め込んだ。

キスはしない、というのが彼の流儀なのだとしたら、
痕跡は残さない、というのが私の流儀、というより意地かもしれない。

ベッドから降りて、そのまま服を拾って身に着けるのを見た彼がシャワーぐらい使えばと言ったのに、
長い髪の毛が落ちてたりしたら、女の子、嫌がるでしょう?と返したら強く腕を引かれた。
再び天井を背にした彼の顔はシーリングライトまでを背負ったせいでよく見えなかったけれど、
お前だけって言ってるだろ?
そう耳元に落ちた声に、
そんな嘘、もういらないよ。
返そうとした言葉は耳の後ろに吸い付いた彼の唇のせいでただの嬌声にしかならなかった。











昏く、歪んだ、
重ならない想いを余所に、
身体だけは幾度も重ね、
互いをのぞむ欲は積もり、
思考の回路を蝕み続け、
また、
心だけは何処かに置いてきたふりをして、
素肌を絡め合う。


闇から抜け出す術を、
もう
私も彼も、
見失っていた。